真珠湾攻撃から75年… 生存率20%! 世界最強の「零戦」を操縦した”容姿端麗”エリート青年たち。元フライデーカメラマンが追った、戦場を生き抜いた彼らの素顔とは?【前編】

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真珠湾攻撃から75年… 生存率20%! 世界最強の「零戦」を操縦した”容姿端麗”エリート青年たち。元フライデーカメラマンが追った、戦場を生き抜いた彼らの素顔とは?【前編】
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 太平洋戦争当時、世界最強の戦闘機として敵国を震撼させた零戦(零式艦上戦闘機)。連合軍から「ゼロ・ファイター」と呼ばれ畏怖されたその戦闘機を操縦したのは、10代後半で海軍に入隊したばかりの20歳前後の若者たちだった。

 少年時代から空に憧れ、ただ飛行機に乗ることだけを夢見たエリート青年たちは、否応なく過酷な戦場に送り込まれて何を思い、どう戦ったのか? 一度、命を捨てながらも生存率2割の戦場を生き抜いた者たちは、戦後の世の中をどう生きて、何を考えてきたのだろうか?

 長年、沈黙してきた零戦パイロットたちに21年前から取材を続けてきたノンフィクション作家・神立尚紀さんの新刊『証言 零戦 生存率二割の戦場を生き抜いた男たち』(講談社)には、今こそ読むべきメッセージが詰まっている。なお、今日12月8日は日本軍による真珠湾攻撃が行われた日にあたる。

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参考:http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161208-00013316-davinci-life


原田要さん
2016/12/08 21:45
テレビで旧日本兵の方のインタビュー見て思うけど、かなり高齢なのに本当にしっかりしている方が多い。死線をくぐり抜けてこられた方々は立派だなぁと思います。それでも自分だけ生き残ってしまったとか、仲間を死なせてしまったということを話して、涙を流しているところを見るとやっぱり戦争は良くないと思う。70年経ってもなお忘れられない傷を受けてしまうんだから。

原田要さん
2016/12/11 13:03
生き残ってしまって申し訳ない、なんて言われてるの見るとたまらなくなるよ・・・

原田要さん
2016/12/08 07:05
海軍だけありユーモアのセンスもあるな。

原田要さん
2016/12/09 09:12
「月月火水木金金」という海軍歌が、意外にアップテンポで楽しい曲だったりするもんな。

原田要さん
2016/12/09 11:49
確かにイケメンだ。
6人写ってる写真の一番左の人とか、日本人離れした美形だ。

原田要さん
2016/12/09 23:16
頭や運動神経が抜群に良くてイケメンに加えて完璧な健康体…そんな日本の後世に残すべきDNAを持った優秀な人達が平均出撃8回で散って逝く…なぜ死なせてしまったのか…戦争は悲惨だ…と簡単に解釈するより彼らのためにも正しい歴史を知りたいと強く思う。

原田要さん
2016/12/08 09:23
海軍の 生存率は 50パーセント
だったらしい 半分は戦死したようだ
軍艦は 95パーセントは
沈められてるようだ

原田要さん
2016/12/08 23:44
不同意。よく調べろ。そんなに死んでない。

原田要さん
2016/12/09 13:28
適当なことを言わないように。
南方の陸軍が一番生存率が低いんじゃないか?

原田要さん
2016/12/09 23:07
〉そんなに死んでない。
根拠は?

原田要さん
2016/12/11 11:02
動員された兵士が凡そ800万人。
戦死した兵士が凡そ200万人。
生存率は凡そ75%。
もちろんこれは大雑把な計算ですがね。
次に、軍艦と艦艇の違いはおさえていますか?
軍艦には、駆逐艦や潜水艦は含まれないとか、「重巡洋艦や軽巡洋艦といった種別は日本海軍では存在しない」とかはご存知ですか?

原田要さん
2016/12/11 15:31
輸送用の貨物船は
パカスカ沈められて
復員用の船は 残った
駆逐艦が 使用されたようだ
船員協会は 戦争徴用には
あまり協力出来ないようだし
陸軍は二年 海軍は三年
徴兵して 兵士を育成したようだ
それだけ 海兵は簡単に
育成出来ないということ
当然海軍は 少ないが
その当時は日本帝国海軍は
五本の指にはいる戦力だった
世界でも 空軍やミサイルのない
時代の話だな
日本でエグゾセミサイルタイプは
フランスの半額で作れるようだが
戦い闘いに消耗するのは
あまりお利口とは言えないね

原田要さん
2016/12/09 08:19
今にしてみりゃF22満載した空母4隻に乗り込んだ、スーパーエリートだからなぁ。宇宙飛行士みたいなもんだろう。

原田要さん
2016/12/10 18:10
開戦当時日本の海軍機動部隊は世界一だったからな。

原田要さん
2016/12/09 08:04
戦中派の人は体幹、精神的に強いし現代人と根性が違うよね!凄い人達

原田要さん
2016/12/08 19:54
特攻を免れた後の著名人と言えば、
水戸黄門をしていた西村晃さんを思い出す!!
さて、いよいよ出撃だ!!
って時に日本が負けたのを知り、
飛ばないで済んだと言うけど彼の友人達は
特攻で命を失っていたそうですからね…。

原田要さん
2016/12/10 15:35
そうだったんですか、知らなかったです(/_;)

原田要さん
2016/12/08 09:00
まだ戦争は続いてる

原田要さん
2016/12/09 21:06
この記事の写真の右上の人、すごいイケメンだな
まあ、それはおいても、ゼロ戦って、アメリカに何機か保存してあって今でも飛行可能だし、解体運搬してもちゃんと飛ぶらしい
時代が違ってれば、製作者も搭乗者も全く違う眩しい風景を見ていたんだろうなと思うと悲しくなる

原田要さん
2016/12/10 18:08
左上なんてそのままアイドルで通用するだろ。
っていうか、日本人なのか?!

原田要さん
2016/12/08 19:53
戦争はどんな手を使っても絶対に勝つ事だ俺の親父は日本陸軍兵士として立派に戦い天寿を全うした殺した敵の事は話さず戦死した戦友の話しを良く聞かせてくれた男らしい元日本兵だったそんな親父を尊敬している!!

原田要さん
2016/12/09 16:59
moonへ:日本軍が侵略戦争を起こしたこそ日本の広島と長崎に原子爆弾を投下されたわけですがどう思いますか?

原田要さん
2016/12/10 02:41
きっとお辛い事もたくさんあったでしょう。
お父上に、敬礼。
↑お父様や戦死した英霊の方達も、上のように幼稚な者がたくさんいる現代を知ったらさぞかし嘆かれるでしょうね…

原田要さん
2016/12/11 02:25
勝っても負けても多くの人間にとっては悲惨でしょう。
亡くなられた方々の事を話されたのはそういう意味では無いのでしょうか?

原田要さん
2016/12/08 22:35
零戦が乗りやすい戦闘機だったことは確かだけど、国際水準から見て別に特に優秀というわけではなかった。96艦戦からの通常の進化形だろう。工業製品である以上、最終製品のレベルはすそ野産業の水準で規定される。940馬力のエンジンが精いっぱいだった工業技術がすべてと言っていい。

原田要さん
2016/12/09 18:10
特攻に使うにしても練習中にブレーキが利かないで首がふっとんだようだし、物資不足って怖いね

原田要さん
2016/12/10 05:47
乗りやすくて機動性、操縦性良くてダイブ性能上昇力良くて防弾装備も積んでた一式戦(いしきせん)隼って影薄いよね

原田要さん
2016/12/10 22:34
当時の戦闘機に詳しい方なら当然な事だが、零が第二次世界大戦で世界最強だとは到底言えない。
零が太平洋戦線で無双を誇ったのは、誕生した1939年の日中戦争から1941年12月の真珠湾攻撃まで。
翌年のミッドウェー以降には1937年設計のf4fにもキルレシオで逆転され、零傑作の五二型も同時期のf6fには完敗。
しかし、米国の1割にも満たない経済力・工業力で、当時の世界最高水準の戦闘機を開発した事には誇りを持てると思う。
ybw*****

原田要さん
2016/12/08 19:50
ワンショットライターは
同じく三菱の一式陸攻もそう呼ばれてますね
山本五十六大将が乗っていた爆撃機!!!!

原田要さん
2016/12/09 09:40
アメリカが山本五十六の存在を恐れて、P-38の人間狩で落とされたやつ

原田要さん
2016/12/09 16:13
山本五十六の評価は見直されている。戦後、日本国内では山本五十六を高く評価してきたが、真珠湾攻撃は結果としてアメリカの世論を挑発しただけだ。山本五十六は世界の情勢を見ていなかった。

原田要さん
2016/12/09 16:41
山本五十六は、
本人はアメリカと戦争をしても
勝てないと分かっていたと言う人も
いますよね!?
ミッドウェイ海戦なんて、
もう、アメリカの解読によって
色々と日本軍の事はダダ漏れだった
らしいからなんとも虚しいですよね

原田要さん
2016/12/08 07:21
緒戦の戦果と戦略戦闘機としての存在は評価されるべきだが、零戦を過剰に美化すべきではない。

原田要さん
2016/12/08 17:36
死地に赴いた人の話ってのは後で聞くと豪快でおもしろい話ばかりだよね
家の祖父も生前に戦地の話をしてくれたけどおもしろかった。
国の為に死のうと思ったことは一度も無いけど戦友の為なら死ねると思った
ってのが当時の兵士達の気持ちだったって

原田要さん
2016/12/08 21:18
つらいな

原田要さん
2016/12/08 22:13
いつの時代も死ななくていい人は早逝し
死んだ方が良い人はのうのうと生き延びている

原田要さん
2016/12/08 06:53
なんの世界戦略もなくだだ当時の馬鹿な高官指導者の命令で優れた操縦士が亡くなった

原田要さん
2016/12/08 07:00
山本五十六無能論という意味では支持します

原田要さん
2016/12/09 06:05
高官指導者は東条英樹、山本五十六は部下デス命令に逆らえません戦後の生まれですか特高、憲兵分るかな。

原田要さん
2016/12/08 23:27
戦争を肯定、美化する気は甚だありませんが、戦中からの100年を遡ってみれば欧米白人国家の残忍非道で横暴な侵略は目に余る。
今日の世界中に於ける紛争はその過去が一因になってる事は決して否めない。
当時の日本にはそうした欧米白人国家に対する危機感があり、真に国を憂いた方々も多数いたはずだ。
そして戦争はやるからには絶対に負けてはならない。
だかしかし二度としてはならない。

原田要さん
2016/12/09 19:46
こんな優秀な人たちが兵隊にしかなれないなんてね。戦争は本当にロクなもんじゃない。
この人たちの能力を戦争以外に発揮できれば、どれだけ素晴らしい世の中になったことか。

原田要さん
2016/12/11 02:22
命をかけて素晴らしい世の中にしてもらえたと思えないのかな?
悲しいね。

原田要さん
2016/12/11 19:28
それは思うときはあるね。まあ、初戦の頃は勝つつもりでやっていたし、実際、ミッドウェーで惨敗するまでは実際連戦連勝だったから。
ただ、例えば戦艦大和の乗組員なんかも選りすぐりのエリートたちだったのに、昭和20年なんてもう絶対に勝てないことが見えいる時期にしかも制空権の無い中での水上特攻なんて成功しないと軍人ならわかっているのにああいう形で2700人も一気に死んで、もしあれだけのエリートたちがきちんと生き残っていたら日本の戦後はもっとすごかったかもしれないと思うよ。

原田要さん
2016/12/08 07:14
ほんの少しの被弾で射線に搭乗員がいれば即死・重体化。
燃料なら爆散か大火災。
そう簡単には被弾しないエースやベテランなしでは成り
立たなかった戦闘機。
その猛者どもも、大半が無謀な作戦の数々で失われてなお
量産され続けた悲劇。
つーか、海軍戦闘機は日の目をみなかった烈風までコレ
一本しかなかった愚策。
失敗水上機が上手く転んだ偶然たる紫電(改)も空母を
ほぼ全て失ってから。
結局、華々しい緒戦伝説に敗戦まで酔いしれていた。
ゆえに8割の死亡率はその被弾脆弱性で成長の機会すら
与えてもらえなかったルーキーによって押し上げられた。

原田要さん
2016/12/08 14:46
酔いしれてはいないでしょう。
結局、カタログスペック上の機体の性能差もそうですが
機体の性能を最大限に引き出すための、高オクタンの燃料や
個体差を少なくするための工作機械など「総合力」で
どうしようもない差があったということ。これに尽きるのでは。

原田要さん
2016/12/08 15:35
完全な零戦が鹵獲されその特徴が丸裸にされ米軍
は2機で互いの後方をカバーか、一撃離脱戦法に
特化した。
高空から直線的に急降下して襲い掛かってくる
P38ライトニングあたりから手を焼き始める。
現場の声を基に対12.7mm防弾板と急降下に
耐える(一撃離脱化)のため主翼前面板の厚み
増し等、状況と理に適った改良案は技師側から
強く具申されていたが、現在空自の父とのたま
われる源田實を始めとする巴戦派(機動格闘)
により重量増による運動性低下を理由に尽く却下
されてしまっている。
52型では申し訳程度にシート後に防弾一式が
設けられたが、すでにそこ乗るべきヒト達は
ほとんど死に絶えていた。
やはり酔いしれていたのです。
基礎技術による総合力の差は全くその通りです。
常に高負荷にさらされる戦闘機の配管の漏れ防止
に紙のワッシャーを使っていたいたぐらいですから。

原田要さん
2016/12/09 13:13
敵の滑走路上空で曲芸飛行した零戦パイロットもいたな。
後日、敵機がやってきて「見事な飛行だった」と書かれた手紙を投下してきたとか。

原田要さん
2016/12/10 02:37
かっこいい!
戦闘機乗りは粋な人が多そうですね!
時代が時代なら日本の経済を支えたであろう若者たちが20歳そこそこで死んでいったとおもうとやりきれない。。

原田要さん
2016/12/11 00:25
伝説の撃墜王レッド・バロンが、生前遺した詩です。
輝かしい死に!
血の最後の一滴まで
燃料の最後の一滴まで
心臓が最後の鼓動を打つまで
エンジンが最後の唸りを上げるまで戦い飛び続けよう
雄々しい騎士の死に
そして敵味方の区別なく空を飛ぶ全ての友人達に乾杯!
f51*****

原田要さん
2016/12/10 19:54
自分の祖父は回天の乗り手だったが出撃前に終戦になり、助かって今俺達がいる状況になるんだけど
自分が若い頃はそんな戦争の話もハイハイ分かりましたよ的な感じでちゃんと聞いていなかったのを今になって悔いている自分がいます
もっと聞いてあげればよかったなと、戦争を生き抜いてきた人は本当に強いです
亡くなってから色々思うところがあるので、まだ存命で元気なおじいさんおばあさんがいる人たちは是非めんどくさがらずに話を聞いてあげてください

原田要さん
2016/12/10 10:24
戦い抜いた時代は違うがラバウルの貴公子。

原田要さん
2016/12/09 12:42
海軍機は零戦をはじめ、防弾装備を省いた機種が大多数だったから、出撃数回で搭乗員が半減してしまうのは当然。せっかく時間と金をかけて育成したエリートが僅かな期間で命を落とすのは実にもったいない。

原田要さん
2016/12/09 16:50
艦上機だから防弾がないのです。
被弾した穴の空いた機体は、いくら重要部分を防弾しても、空気抵抗が大きく、燃費や速度が落ちます。
帰還予定時刻に帰還予定地点までたどり着けない艦上機は、海に着水するしか選択肢がありません。
ここで日米の違いが出てくるのですが、米と違国力に劣る日本は、パイロットの回収のために派遣する駆逐艦や潜水艦がありません。
つまり、いくら防弾して被弾時の生存率を上げても、鮫の餌になるのがオチで、むしろ50kg以上ある防弾装備をしない方が、被弾率が下がって、結果生存率も高くなるのです。
なので、同じ戦前からある海軍機でも、艦上機でない鍾馗には、防弾板や防弾燃料タンクをちゃんと装備しています。
零戦の防弾装備が無いことは、平和の時代の我々にはわからない事情よる、身の丈にあった選択だったわけです。

原田要さん
2016/12/09 20:36
>同じ戦前からある海軍機でも、艦上機でない鍾馗には、防弾板や防弾燃料タンクをちゃんと装備しています。
まず二式戦闘機「鍾馗」は陸軍機だと思いますが。
陸軍は海軍と違い、防弾に対する理解があったからね。
防弾装備がないのは、当時の日本の技術ではそれに見合う高出力な発動機を作れずに重量物である防弾装備を付ける余裕がなかった事と、海軍当局が戦闘機に旋回性と速力、航続力を重視し求めていたため、性能低下を招く防弾装備は省かざるを得なかったから。
また、当初戦争は艦隊決戦による短期決戦が想定されていたため、防弾装備を省いて一時的に損害が出ても艦隊決戦に勝てればそれで良しという考え方があった事もある。
しかし、実際は消耗戦となり、防弾装備のない日本機は次々と撃墜され搭乗員は損耗。補充が追い付かなくなってしまった。
結局は防弾装備を付けてもハイパワーなエンジンでカバーできる米軍機とは国力の差が出た。

原田要さん
2016/12/10 02:24
申し訳荒れません。
鍾馗でなく、雷電です。
雷電の海軍からの計画要求案は昭和14年9月と太平洋戦争の前ですが、防弾がちゃんと要求されています。
海軍が、旋回力、速度、航続距離を求めていたのは事実ですが、それを求めていた対象は甲戦、つまり高速で航続距離の長い艦上攻撃機の護衛とCAPを任務とする艦上戦闘機に対してだけであって、陸上基地防衛を任務とする局地戦闘機には、海軍もちゃんと開戦前から必要性を認識していました。
ただ、不時着水≠戦死の日本の艦上戦闘機にとっては、防弾板を積んで5kt速度が落ちて敵振り切れなくて帰還できないよりも、もう5kt加速して逃げ切る方が生き残れる、と考えていただけです。
そもそも、二段過吸のダブルワスプなんて無差別級みたいなのにライト級が挑むのですから、悠長にガードして足を止めていたって負けるだけですし。

原田要さん
2016/12/10 02:27
間違いです。
≠→=

原田要さん
2016/12/09 07:21
私の祖父も、海軍の兵曹長でした
潜水艦乗りで同じ体験です
戦争は、駄目だけど 中国からは、
領土を守らないといけない
嗚呼  海ゆかば

原田要さん
2016/12/10 03:13
元フライデーっていうのがあかんね

原田要さん
2016/12/08 07:02
神立さんの本は大変分かりやすく描写も圧巻なので愛読しております
現在鬼籍に入られた方の貴重な証言を入手しやすい形にしていただき感謝です

原田要さん
2016/12/09 16:29
自分の大叔父が戦闘機乗りで戦死したと聞いてます。零戦だったかどうかまではわかりません。
写真すらありません。でも、靖国に行くことがあれば、手を合わせたいです。

原田要さん
2016/12/10 01:32
個人的に思うのは日本政府は何故?元日本軍の人達からいろいろな
証言をまとめないのか不思議 元日本兵の証言を聞くと今の日本に
相当に憤りを発言している 南京も慰安婦も当時現場に居た先輩達は
当時の軍律ではありえないと言う証言が多い
そして当時の日本人の精神性が如何に素晴らしいものだったか気が付かせる。

原田要さん
2016/12/11 02:33
あなたがやったらどうでしょうか?

原田要さん
2016/12/11 11:48
朝雲新聞戦史叢書がありますよ。

原田要さん
2016/12/09 16:55
生の証言ってのは、ぐいぐい惹き込まれる何かがあるなって感じる。
むちうちがかり

原田要さん
2016/12/09 00:05
>「世界最強の戦闘機」か。
序盤は軽くてヒラヒラ動く飛行機に米軍機が対処に困ったらしけど、半年もせずにアメリカは作戦を変えて圧倒的な速力で攻撃したらすぐ逃げて、また攻撃する作戦に変えたら、ノロい日本の戦闘機は七面鳥になってしまいました。

原田要さん
2016/12/09 16:09
できた当時は、その時代の傑作機であった。技術は進歩するので、その後、改良されないため、時代遅れになっていく。

原田要さん
2016/12/08 22:31
生存率20%、、考えただけで恐ろしい。

原田要さん
2016/12/10 02:01
ゼロ戦が名戦闘機といわれるのには海軍の優秀なパイロットの人たちなくして語れないと思う。しかし海軍は米軍にゼロ戦が拿捕され研究され容易に撃墜されるようになっても防弾やパイロットの保護を全くと言っていいほど無視していたので次々と彼らは戦場に散っていった。こういう考えが日本を敗戦へと導いてしまったのだと思う。

原田要さん
2016/12/09 09:16
米国はゼロ戦を開発した日本の技術力に脅威を感じ、終戦後日本に対して航空機の開発を禁じた。航空機の開発に携われなくなった戦闘機の開発者は自動車業界に活路を求めた。その結果、日本の自動車メーカーは米国製の自動車を上回る性能の自動車を開発し世界の市場を席巻し始め、米国の自動車産業を窮地に追い込むことになる。

原田要さん
2016/12/10 10:46
アメリカでも人気を博したマツダのRX7は零戦をコンセプトにしているそうです。

原田要さん
2016/12/09 09:34
経歴やらエピソードを見るとほんとに頭脳明晰身体壮健の優秀な男子だった人ばかり。
それを率先して敵の船に体当たりさせた老害どもが許せない。自分も含めて当時の日本人と今の日本人が違うのは優秀な人から死なせたからDNAが劣化しているとしか思えない。

原田要さん
2016/12/10 03:06
その説にものすごく納得です。
特効は日本の経済を支えたエリート達ではなく、幸先短い老害おじいちゃん達にしてほしかった…
命中率とか考えると運動神経や体力のある若者じゃなきゃダメだったのかもしれないけど、それにしても早世するには惜しすぎるエリートばかり…

原田要さん
2016/12/10 11:26

優秀な人物だからこそ飛行機を預けるんだろ。
貴重な飛行機をなんでも老害で片づけるような馬鹿に渡すくらいなら何もしない方がマシ。

原田要さん
2016/12/09 08:30
今の平和があるのも、戦争で命を落とされた人々の犠牲あってこそ。
「生かされている」ことに感謝。

原田要さん
2016/12/10 18:07
人って、一生のうち1年でも2年でも、一生懸命にやったことがあると、それが後の人生に一生影響を及ぼすんだよな。

原田要さん
2016/12/09 08:32
昔の最強のエリート零戦操縦士たちも、女風呂をノゾキ見したかったんだな。操縦席からでも、チラッと見えたら喜んだのだろう。死ぬ前によかったね。

原田要さん
2016/12/08 13:17
安倍晋三。
脳内ソフトをアメリカの戦争屋仕様にアップデートされ続ける男。
コードネームは「JP-USUNORO」。
最近、更新データの配信元で、大幅な組織改革が進行中、更新データを入手できず。

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よって、現在、旧プログラムのまま、稼働中。


原田要さん
2016/12/10 15:31
本来なら、若くていい時期を壮絶な体験をされましたね。。日本の為に戦ってくれた皆様に敬礼
ste*****

原田要さん
2016/12/08 09:01
ヤフコメの戦争大好きな連中に読んでもらいたい。
最近の戦争賛成へ民衆の考えが移ったのは、なにか裏で操っている機関があるんじゃないかとすら思えてしまう。
中国が驚異なのは理解できるが、それも中国の狙い通り

原田要さん
2016/12/10 10:34
予科練に行ってた死んだ爺ちゃんが言ってたけどさ、
特攻で国のために死ぬのは当たり前だと思ってた。
終戦後、それは間違いに気がついた。
死んだ仲間を思い出すと、東條らを殴り殺してやりたい。
国民は、指導者を間違えて選ぶと不幸だと、
今がそうかもしれない、
後で後悔して遅いかもしれない。

原田要さん
2016/12/10 08:24
大日本帝国海軍、
正直、カッコいい!

原田要さん
2016/12/09 17:38
真の戦士は自分の行為を悔やむことはない。
戦争で人を殺したことは、自分が傷つくより自分の心を痛めるだろう。
しかし、世界に戦争の種があり、自分の身近な社会を犯そうとする悪意ある相手がいるときに、戦争について反省ばかりする人間を私は認めない。
そういうやつは黙って下を向いていればいいのだ。
人様に向かって偉そうに説教するんじゃないということだ。
このような反戦洗脳戦犯逃避者(工作員)の発言を聞いてはならない。
ひっそりと、私はお国のために戦った。国を守る気概を失うなと言っておられる方もいるということを忘れてはならない。
現在日本は悪意を持った国に囲まれ存亡の危機の中にある。マスゴミは工作機関。政治屋は戦後体制下に配置されたスパイ。
それをきちんと知り、対策を心の中に持つこと。

原田要さん
2016/12/08 09:20
急性肝炎?飲み過ぎか。お酒は身体に悪いけど、それだけじゃない。
一般の人には、体験できない感情を味わったんだね。良くも悪くも
いい仕事じゃない。

原田要さん
2016/12/08 07:16
山本の中途半端な真珠湾攻撃で米国を怒りMAXにさせ、それが原因で発生した半年後のミッドウェイで正規空母四隻も沈められた、あの真珠湾奇襲攻撃ね、、、。

原田要さん
2016/12/10 13:02
私の親族も特効帰りの人は、生き残って戦友に申し訳ないと語っていたよ。
ちょうど半年くらい前に亡くなったけど。

原田要さん
2016/12/10 07:35
マッチポンプの様で装甲板の薄いゼロ戦では、致し方なし!

原田要さん
2016/12/09 03:51
ヤフコメ民は改憲に賛成なんだろ。

原田要さん
2016/12/09 05:52
敵国は?現代戦生存率0、1%戦争推進者自民党それを支持する国民食べ物もなく芋と野草で飢えしのいだ事忘れたか。

原田要さん
2016/12/09 16:17
自衛隊の装備が近代化されても、法整備が遅れて使えない状態です。敵国が領海や領空に入ってきても、攻撃されてからでないと手出しができない。最初の一撃で必殺を狙ってくる敵国が断然有利ですよ。ます、緊急に自衛隊法を改正するべきです。
non

原田要さん
2016/12/10 19:23
我々よりちょっと前の日本人、大日本帝国海軍人はどの様な立ち振る舞いだったか戦った相手のイギリス人が本を書かなければ知らないことでした。
「誰も知らない65年前の奇跡」としてTVで放映されるまで過去の日本人の凄さの一例は戦後その軍人が何も語らなかったので知らなかったのです。
是非”帝国海軍イカズチ艦長工藤俊作”を検索してちょっと前の日本人を知って下さい。

原田要さん
2016/12/10 14:14
日本の戦争経験者は高い割合で戦争は良くないと言うのかもしれないが(その割合を知りたい)、自分はその意見を必ずしも信用していない。日清・日露戦争しか経験しなかった日本人や、米国人や中国人の戦争経験者はどのくらいの割合でそう言うのかを知りたい。どの意見に最も価値があるかは簡単には言えない。

原田要さん
2016/12/11 02:31
毎日死と隣り合わせの恐怖の中で生きることが良いと思う人間なんて、どう考えたって極々一部でしょ。

原田要さん
2016/12/11 02:53
そういう現代日本人の画一的な意見にうんざりしているから、他の時代・国の意見が必要と考えているのである。戦争自体はあまり良い経験ではないだろうが、先の日本と違って攻め込まれた側からすれば、戦わないで殺されたり征服されたりして構わないと思うかどうかが問題。一部の人達の意見だけ聞いても偏った認識しか持てないだろう。

原田要さん
2016/12/11 21:09
戦争の無い時代に生まれることができて幸せだと思う。

原田要さん
2016/12/11 20:19
戦争は若者を殺す。つまり未来を潰す事になる。
今ではかっこいいと思うかもしれないけど、戦争映画なんか見ると、ホントにこんな地獄のような所で自分が英雄になれるなんて思えないと思う。

原田要さん
2016/12/09 23:37
アメリカで言えばSEALs隊員みたいなもん

原田要さん
2016/12/08 09:43
零戦に殺害された韓国人は245万人と言われている。賠償金して下さい。

原田要さん
2016/12/11 22:08
最後の海中温泉の文章で自慢げに「見えたぞ」というとこで吹いてしまったw

原田要さん
2016/12/10 12:25
堀越二郎が航空屋として、世界の趨勢とその感性と能力を存分に発揮して国の全面的バックアップがあって単戦の開発をさせてもらっていれば、零戦は自爆兵器に成り下がる事は無かったと信じます。
「零戦は妥協の産物だった」(by堀越二郎)

原田要さん
2016/12/11 21:36
うちの爺さんは零戦パイロットの卵だった。赤とんぼに乗ってたようやく白菊に乗れるころ終戦になったとか。あんまり話してくれなかったけど飛行兵長?とかなんかだったって。んでもって上飛曹だったって人に寿司を奢ってもらった話はしてくれた。一度話しか話さなかったのは、零戦を見たくて整備場を見てたら、いつもは陽気で優しい整備兵の人達が険しい顔や泣きながら白菊をいじってた。最大の爆弾を付けても飛ばすために必要な計器以外全部とりはずしてたらしい。尿瓶を、始め無線機まで。見てるのがばれて怒鳴られて逃げ帰ったらしいが…パイロットの話もだけど特攻機を整備した人達の証言も聞きたい。爺さんは整備長さんが五機の特攻機を見送ったあと、建物の陰に隠れて五人の名前を呼んで「」日本海軍のバカヤロー」って叫んだのをみたらしい。どんな気持ちだったんだろうな
bxb*****

原田要さん
2016/12/11 19:18
零戦パイロットの生存率で20%かあ。九七艦上攻撃機や九九艦爆の場合は1割以下だと読んだことがあるけど、戦闘機である零戦でもずいぶん少ないねえ。

原田要さん
2016/12/11 15:19
憎まれてる奴だと、整備士が何すっかわかんないから、ホモ好みの容姿端麗のがいんだろ。部品に鉄粉とか入れられると、エンジン壊れっからな。

原田要さん
2016/12/12 03:23
直接会わずとも連絡が取れるようになった現在人は
こういう人間臭さを失いつつあるのかも知れないな

原田要さん
2016/12/12 03:18
南方戦力を拡大しすぎたせいで、熟練パイロットといえど、片道3時間の戦場を往復する過酷な作戦で疲弊してた。制空権を奪われても大本営の無茶ぶりとメンツを守る体質のせいで、ガダルカナルとニューギニアでは撤退する事もできず、補給を受け取る事もできない兵士がマラリアと飢えで沢山亡くなっている。そりゃ思い出したら悪夢にうなされるのも分かるような気がする。

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